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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)13926号 判決 1987年1月29日

原告 破産者ニシキ工業株式会社破産管財人堀口磊蔵

被告 株式会社東京相互銀行

右代表者代表取締役 沼利兵衛

右訴訟代理人弁護士 木村浜雄

同 吉沢寛

同 木村康則

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は原告に対し、金一八一〇万円及びこれに対する昭和五九年八月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1.(一) 破産者ニシキ工業株式会社(以下「破産会社」という。)は、昭和五九年八月二八日午前一〇時三〇分、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告は、同日、その破産管財人に選任された。

(二) 訴外高田瑞穂(以下「高田」という。)は、昭和五九年三月当時、被告の総務本部人事部次長(兼人事課長)であった。

2. 高田の不法行為

高田は、被告から破産会社への融資の実行を口実に破産会社から同社振出の約束手形を騙取しようと企て、昭和五九年三月一三日、破産会社に対し、訴外小林茂夫を介して、「破産会社振出の約束手形一〇通(額面合計金五〇〇〇万円)を被告本店まで持参されたい。それを被告の支店において資金化し、その資金を定期預金とし、これを担保に被告より金五〇〇〇万円を融資する。」旨虚言を申し向け、破産会社をしてその旨誤信させ、よって、同日午後二時半ころ、被告本店ロビーにおいて、破産会社から別紙手形目録一記載の約束手形一通(額面金三〇〇万円)の交付を受けてこれを騙取し、更に、翌日(一四日)午後一時ころ、同所において、破産会社から同目録二ないし一〇記載の約束手形九通(額面合計金四七〇〇万円)の交付を受けてこれを騙取し、その後、右各約束手形を市中の金融業者に交付して流通においた。

そのため、破産会社は、右各約束手形の所持人から支払の請求を受け、その決済を余儀なくされた。

3. 被告の責任

高田の右不法行為は、被告の事業の執行につきなされたものである。

したがって、被告は、民法七一五条一項に基づき、破産会社の後記損害を賠償すべき義務がある。

4. 破産会社の損害 合計金一八一〇万円

破産会社は、

(一)  別紙手形目録一記載の約束手形につき、所持人に対し、昭和五九年五月一〇日、右手形金三〇〇万円の支払を余儀なくされた。

(二)  同目録二、六、七、九記載の各約束手形につき、所持人である訴外報徳興業株式会社に対し、同年五月一八日、同年七月二八日までの利息金二六〇万円の支払を、同年七月二九日、右各手形合計金二六〇〇万円の内金三〇〇万円の支払を余儀なくされた。

(三)  同目録四、八、一〇記載の各約束手形につき、所持人である訴外株式会社横山設計に対し、同年五月一七日、書替手形二通(額面各金三〇〇万円、満期同年六月二〇日、同年七月一五日)の交付を、右各満期に、右各書替手形金(合計金六〇〇万円)の支払を余儀なくされた。

(四)  同目録五記載の約束手形につき、所持人である訴外鶴岡修に対し、同年七月三一日、和解金三五〇万円の支払を余儀なくされた。

5. よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害金一八一〇万円及びこれに対する損害発生後である昭和五九年八月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

2. 同2の事実は否認。

3. 同3は争う。

4. 同4の事実は不知。

三、抗弁

1.(一) 悪意

破産会社は、高田の行為がその職務権限を逸脱しているものであることを知っていた。

(二) 重過失

仮に(一)の主張が認められないとしても、高田の行為には次のとおりの不自然な点があり、銀行取引について相当な知識と経験を有する破産会社において、僅かな注意を払いさえすれば、高田の行為がその職務権限を逸脱しているものであることを知ることができたのに、これを怠り同人の虚言を軽信したものであるから、右信頼は破産会社の重大な過失に基づくものである。

(1)  被告の総務本部人事部次長(兼人事課長)たる高田が、自ら、本件融資の斡旋及び手形の授受を行っていること。

(2)  高田が破産会社に交付した手形預り証が、被告の正規の手形預り証でないことは、一目瞭然であること。

(3)  銀行取引の開始に当っては、銀行取引約定書を差入れ、融資を受ける際は、担保差入書または担保権設定契約書に調印することが常識であるが、高田は破産会社に対し、右書類の差入れや調印を求めていないこと。

(4)  破産会社は、昭和五九年三月三一日、被告本所支店から金三〇〇〇万円の融資を受けたが、その際、高田は破産会社に対し、高田の行為を本所支店に対して秘匿するよう指示をしたこと。

2. 過失相殺

仮に1の主張が認められないとしても、破産会社に過失があったことは明らかであるから、賠償額の算定上当然斟酌されるべきである。

3. 相殺

(一) 被告は、昭和五九年五月二八日、破産会社との間で、次のとおり約した。

(1)  被告は破産会社に対し、金六〇一〇万円を融資する。

(2)  高田の行為により被った破産会社の損害について、裁判上、被告に責任があると認められたときは、被告の(1)の貸金債権をもって、破産会社の損害賠償債権とその対当額において相殺するものとする。

(二) 被告は破産会社に対し、昭和五九年五月三〇日、金六〇一〇万円を弁済方法昭和六〇年五月から六五年四月まで毎月末日限り金一〇〇万円宛(但し、最終回は金一一〇万円)、利息年七・九パーセントの約定で貸し渡し、破産会社は、期限の利益喪失約定(破産の申立)により、昭和五九年八月ころ、期限の利益を喪失した。

(三) 被告は、(一)の約定に基づき、昭和六〇年六月一九日の本件第五回口頭弁論期日において、相殺予約完結の意思表示をした。

四、抗弁に対する認否

1. 抗弁1(一)、(二)の事実は否認。

2. 同2は争う。

3. 同3(一)の事実は否認。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

二、<証拠>を総合すれば、請求原因2の事実(高田の不法行為)が認められ、右認定に反する証人高田瑞穂の証言(一部)は前掲各証拠に照し容易に採用し難いところ、その他右認定を覆すに足る証拠はない。

三、請求原因3(被告の責任)について

証人石田義雄の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、証人新倉幸次、同高田瑞穂(一部)の各証言によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証人高田瑞穂の証言(一部)は前掲各証拠に照し容易に採用し難いところ、その他右認定を覆すに足る証拠はない。

1. 被告の総務本部人事部次長(兼人事課長)たる高田の担当職務は、行員の人事計画全般に関する事項、行員の採用及び退職に関する事項、行員の任免、異動、賞罰及び人事考課その他人事管理に関する事項、従業員組合との連絡及び折衝、人事管理に関する指導、援助、嘱託者に関する事項、行員の給与に関する事項、行員の退職金支給に関する事項、行員の募集であること。

2. 融資の斡旋は、高田の担当職務に含まれないこと。

3. 融資条件を探知して担当部署に情報を提供することは、行員一般の職務であること。

4. 高田は破産会社に対し、実績に裏打ちされた被告内部における地位及び力を誇示し、被告の各支店長と非常に懇意である旨述べていたこと。

右認定事実、前記争いのない事実及び認定事実のとおり、請求原因2の高田の不法行為は、高田がその職務権限を逸脱したものであるが、実績に裏打ちされた被告内部における地位及び力を誇示して、被告から破産会社への融資の実行を口実に、被告本店ロビーにおいて、勤務時間中にしたものであるから、その行為は、外形上、被告の事業の範囲内に属するものとみとめられ、被告の事業の執行につきなされたものというべきである。

四、<証拠>を総合すれば、請求原因4の事実(破産会社の損害)が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

五、1. 抗弁1(一)(悪意)について

<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  破産会社は、訴外株式会社富士銀行亀戸支店、同朝日信用金庫押上支店、同株式会社三井銀行錦糸町支店、同株式会社三菱銀行錦糸町支店と取引するなど、銀行取引について相当な知識と経験を有していたこと。

(二)  被告の総務本部人事部次長(兼人事課長)たる高田が、自ら、本件融資の斡旋及び手形の授受を行っていることに、破産会社は、何ら疑を挟まなかったこと。

(三)  高田が破産会社に交付した手形預り証(甲第一、二号証)が、被告の正規の手形預り証でなく、高田の個人名義であることは、一目瞭然であるが、高田は破産会社に対し、融資支店が決定次第、被告の正規の手形預り証を交付する旨説明していたこと。

(四)  高田は破産会社に対し、満期、振出日、受取人欄白地の本件約束手形一〇通の交付を求めたが、その理由として、融資支店の都合に応じて補充したい旨説明していたこと。

(五)  銀行取引の開始に当っては、銀行取引約定書の差入れ、融資を受ける際は、担保差入書または担保権設定契約書に調印することが常識であるが、高田は破産会社に対し、右書類の差入れや調印を求めていないが、その理由として、必然的なものではない旨説明していたこと。

(六)  破産会社は、昭和五九年三月三一日、被告本所支店から金三〇〇〇万円の融資を受けたが、その際、高田は破産会社に対し、高田の行為を本所支店に秘匿するよう指示をしたが、破産会社は、高田から本所支店長に右融資の件が通じていたので、疑問を特にもたなかったこと。

(七)  破産会社は、本件約束手形一〇通の授受が被告本店ロビーで勤務時間中に行われていることに加えて、高田の被告内部における地位及び力を信用する余り、高田の行為の不自然な点について、徹底的に追究(被告の行員に確認するなどの調査)することなく、高田の説明に安易に納得していたものであること。

被告は、破産会社は、高田の行為がその職務権限を逸脱しているものであることを知っていた旨主張するけれども、右認定事実によるも未だ右主張を採用するに足らず、その他右主張を採用するに足る証拠はない。

2. 抗弁1(二)(重過失)について

前記1の認定事実によれば、破産会社には、高田の行為の不自然な点の追究(被告の行員に確認するなどの調査)を怠ったことにより、その職務権限があるものと信じた過失があるというべきである。

ところで、被告が民法七一五条一項の損害賠償の責任を免れる要件である重大な過失とは、故意に準ずる程度の注意の欠缺があって、公平の見地上、破産会社に全く保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解すのが相当である。

これを本件について検討するに、高田に職務権限があるものと信じたことに一応の理由が窺われるから、破産会社の前記過失をもって、重大な過失と解するのは相当ではない。

六、抗弁2(過失相殺)について

破産会社にも過失のあることは前記五2説示のとおりであり、右過失が破産会社の損害発生の一要因となったことは否定できない。

そこで、損害賠償額算定に当り、破産会社の右過失を斟酌すべきであるところ、本件に現われた一切の事情に照し、破産会社の損害について四割の過失相殺をするのが相当である。

したがって、破産会社の損害金一八一〇万円のうち、被告において賠償すべき金額は金一〇八六万円となる。

七、抗弁3(相殺)について

1. <証拠>を総合すれば、抗弁3(一)の事実が認められ、右認定に反する証人新倉幸次の証言は前掲各証拠に照し容易に採用し難いところ、その他右認定を覆すに足る証拠はない。

2. <証拠>によれば、抗弁3(二)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3. 抗弁3(三)の事実は、訴訟上明らかである。

八、以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊了造)

<以下省略>

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